前回までの大喜と匡の試合から、一転して、試合後の、大喜、匡、雛の3人の関係に戻って、それは、前に描かれた中2のときと似たシチュエーションとして、公園でケーキを食べるシーンを反復してるのだけど。
ただ、いかにもこの作品らしいのは、そこで、懐かしさにつなげないところ。
自分たちが「変化」しているから、同じにはみえない。
だから懐かしくはない。
そうして、同じようなシーンを新たに受け止めることができる。
で、これは、非常にもってまわった、この作品らしい比喩で。
いいたかったことは、最後にあったように、大喜も雛も変化したから、その変化した地点から、改めて「新しく親友でありたい」と願っていること。
それを大喜の口から雛に向けて言うことで、関係をリセットする。
まぁさ、なんどもいうけど、恋なんて一度で運命の人に合うことなんてないんだからさ。
新たに親友になることができたのから、新たに恋人にある未来があるのかもしれないんだよ。
人の縁なんて、どうなるかわからないんだから。
それを、「恋」だからといってイエスかノーの二択にするのはあまりに馬鹿げてる。
そんな感じに今回の、もってまわった表現を受け止めた。
とにかく、親友をリセット、いいじゃん。
時に、自分よりもずっと自分のことを気にかけてくれる人がいる。
それは、恋をすっとばして愛なんだけど。
恋と違って愛は、席が一つしかないわけじゃないんだよw